【塾講師】1人1人に合った指導をしたいが限界はある。反抗期真っ只中の中学2年生を指導する難しさ

【塾講師】1人1人に合った指導をしたいが限界はある。反抗期真っ只中の中学2年生を指導する難しさ

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
21歳

【当時の職業】
バイト

【当時の住まい】
実家のアパートで母と弟の3人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
その塾に中学生の頃生徒として通っていた友人にバイト募集していると聞き大学1年の初めの頃面接を受け働き始めた。
接客業が苦手だったことと教えることが好きだったため塾講師としてのバイトを探していたことが塾講師をしていた動機だった。

【環境と仕事内容】
個別指導塾で基本英語と数学を教えていた。
100人以内の生徒数で、講師は基本大学生と公務員試験勉強中の社会人など10015人ほどいた。
4年半務めたが2年経った頃に留学したため、帰国後再び勤務した頃には英語授業の進捗管理やプリント作成などに携わっていた。
また新人講師のトレーナーもしていた。
生徒は複数の学校の生徒がおり、講師は親との関わりはなかった。
1時間半の授業1コマで1500円ほど。
休みは基本日曜日だった。

【大変だった時期】
21歳の頃、中学2年生の一部の男子を教えるのが大変だった。
絶賛反抗期、女性講師のことを舐めている、宿題もやってこないし授業も集中していないか居眠りばかりで教えたい範囲を進められないことが大変だった。




【大変だったこと】
中学2年生の一部男子生徒の授業を担当するときが特に大変だった。
集中力がない、反抗期で話を聞かない、またアルファベットも書けず割り算も怪しいなど中学2年生とは思えない学力の生徒がいたときに講師や教室長も焦り対策を考えている時期があった。
その生徒の友人生徒たちから話を聞いてみると「俺たちの話も聞いてないときあるし大丈夫かなって思うこともあるよ」などと言っていたこともあり、学力以前の問題(普通クラスの生徒だがそもそもの知能レベルが低いいわゆるグレーゾーンの可能性)があるのだと感じたためその生徒特別プログラムを作り対応した。
その生徒の学年が中学3年生に上がるときに私も就職のため塾をやめたので最終的に高校に合格したかはわからないが、周りのレベルに合わせる指導ではなくその生徒自身がどこからつまずいているか遡って指導することの重要さを実感した。

【大変だった期間】
対応が難しい生徒が多い学年を見ていた1年間




【当時の心境】
塾講師としての仕事はとても楽しく講師陣や教室長もいい人たちばかりでその職場が大好きだった。
個別指導塾のため学力がかなり高い生徒や低い生徒などレベルにかなり差があるため生徒に合った指導を考えることも好きだった。
夏期講習など1日の授業数が多い時は講師としても仕事も多く時間に追われ焦りながら授業をしてしまうなど反省点もあったが、この仕事が好きだ・楽しいと感じながら仕事をしていた。

【職場が大変だった原因】
学年ごとに学習レベルの差が合ったことや中学2年生という中弛みの時期の生徒を対応してみて、「そういうものだからしょうがない」ことだとわかった上でそれぞれの生徒に合ったプログラムを作っていた。
しかしそのプログラムと生徒のレベルが合っていないこともありその修正がうまくできていなかったことが原因だったと考えている。




【仕事で良かったこと】
生徒と授業を通して仲良くなり休み時間に「先生0!」と呼ばれ学校であったことや生徒が好きなことの話をしてくれるなど、懐いてくれる生徒がいたことが嬉しくやりがいになっていた。
そういった生徒の実力が上がっていき資格試験に合格したり受験に合格した時は今までやってきたことが報われたように感じ達成感があった。




【特にひどかった最悪の出来事】
塾に通っている期間が長い生徒が受験に失敗したことで本人もショックを受けていたが講師も責任を感じて落ち込んでしまったことが悲しい思い出として残っている。
もっとその生徒にできることはなかったかと考えても結果が全てであり、その結果を変えられないことにやるせなさを感じた。
しかしその生徒は第二希望に合格しその後高校を卒業するまで塾に通い、志望校に合格していたため、結果に腐らず努力を続けてきた生徒からやる気をもらっていた。
講師として目の前の目標をクリアするために指導することも大切だが、思い通りにならなかった先の未来でその生徒がどういう選択をするか、こんな選択もあるよと教えられるような講師になりたいと考えるきっかけにもなった。




【相談した人・助けてくれた人】
学習レベルが著しく低い生徒に出会ったとき、社会福祉施設で働いている友人にどういうふうに生徒と接しているか相談していた。
今何をしたらいいか伝えてもすぐに忘れてしまう生徒には色付きペンでわかりやすくしてあげる、タイマーを測って今何に取り組めばいいか集中できるように促すなど色々と指導方法を教えてもらえた。

【改善のための行動】
学習レベルが低かった中学2年生の一部生徒については、教室長にこういった指導を展開したいと個別のプログラムを提案するなど相談した。
すぐ対応してくれ他の講師にも連携をとり、そのプログラムで少しずつその生徒のできることが増えていった。




【現在の状況と心境の変化】
塾講師は大学生の頃にしていたため、社会人になり就職してからは塾講師としてのスキルが業務にも生きている。
特にトレーナーを担当することになった際に、生徒に教えていた時期を思い出しトレーニーの不明点を解消できるように指導するようにしている。
また今後自分が子どもを持ったときにいろんな生徒と出会った経験を活かし、周りの子どもと比べるのではなくその子どもに合った育児を心がけるようにしたいと考えている。

【学んだこと】
人によってできること、得意不得意が違うことを学んだことが今の仕事にも生きている。
それぞれが得意なことを業務で活かせられるよう考えるきっかけになっている。



【当時の自分へのアドバイス】
もっと1人1人の生徒にあった学習指導を提案してほしい。
他の生徒と合わせた方が指導としては楽だが生徒のためになる指導を第一優先させることの方が大切だと伝えたい。
当時も提案はしていたがもっと提案してもよかったと思う。
また私に憧れて英語専攻にしたという元生徒が後からいることがわかったので、もっと生徒と関わり生徒たちの未来の選択を広げる手伝いをしてほしい。