海外で塾講師として働いていたが、何でも屋さんになって業務に追わ続けた話

海外で塾講師として働いていたが、何でも屋さんになって業務に追わ続けた話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
25歳

【当時の職業】
学習塾の東南アジアの海外校で契約社員

【当時の住まい】
会社から電車で10分ほどの所にアパートで一人暮らしをしていた

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
それまで働いていた語学学校の職場環境が劣悪だったため。
その会社よりは勤務時間も給料もよかったので、たまたま転職エージェントから紹介してもらい、応募をして採用試験を受けたら受かったので、働くことを決めた。

【環境と仕事内容】
会社の事務全般(スクールバスのタイムテーブル作成、管理、運営/授業料の管理などの経理全般/生徒の欠席情報などの正社員講師への報告、管理)、小学生への個別レッスン(低学年がメインだったので、生徒によって、日によって集中しなかったり騒がれたりすることがあった/多いときで週に25コマ-1人1時間週一回だったので、管理をしながら質のいいレッスンをするのが大変だった)、勤務時間は11:15〜19:15(1時間のランチ休憩をその中でとる)、火曜から土曜まで、長期休暇もあり(春に2週間、夏に10日)、給与は15万からのスタートで、退職する頃には16万まであがっていた(住んでいた国の物価が安かったので優雅に暮らせてはいた)、私が担当していた生徒の親は比較的穏やかで対応しやすかったが正社員講師の生徒の親は人によっては会社の社長婦人がいたりして、クレームをしてきたりした

【大変だった時期】
働き始めてから1年すぎる頃までの1年間が本当に大変だった




【大変だったこと】
他に事務をできる人がいなかったので、200人以上の生徒の経理やスクールバスの運営をはじめ、塾の管理を全部私がやらなければならなかった。
私も自分のレッスンがあるのに、その傍らで作業しなければならず、体験レッスンと通常レッスンと請求書発行などの業務がかさなると、頭がパンク寸前でかなり疲弊していた。
塾長の人柄は優しい感じだったが、経営下手で、業務が偏っていることに気がつけないタイプだった。
怒ったら怖いと噂の人で、敵に回すと嫌味なことをネチネチされると聞いていたので文句はいえず。
仕事がかさなると、私も残業せざるを得なかったが、残業代はなし。
そのため勤務時間内に終わらせるよう全神経を集中させて仕事をする必要があり、請求書関連で締切日が近いとかなり疲れ切っていた。
歴史の長い会社だったので、上下関係も厳しく、たまに日本から社長がやってくると、セレブでももてなすかのようにVIP対応をしていた。
訪問時期はもちろん飲み会もあり、参加必須で忙しい時期だと疲れすぎて体調を崩したりしていた。

【大変だった期間】
1年目が1番辛かったが、2年目からは慣れてきて、ましになったが、3年半後に退職するまで大変なものは大変だった。




【当時の心境】
電車に乗ると今日も仕事かぁと嫌な気分になって、会社に到着するまでが憂鬱だった。
会社の伝統的な上下関係をどうしても受け入れることができず、表面上で付き合いをするのが苦痛だった。
それでも、大手という看板があったので、将来のことを考えて頑張った。
生徒や親からありがとうと言われると、この仕事をやっててよかったな、と思うことはあった。

【職場が大変だった原因】
海外ということもあり、日本人で働ける人が限られていたことが大きな原因だとは思うが、限られた日本人社員を効率よく使えない塾長の経営方法にも問題が会ったと思う。




【仕事で良かったこと】
やはり、生徒や親から感謝の気持ちを伝えられたとき。
生徒から手書きの手紙をもらうことも時々あったが、それはとても嬉しかった。
あとは、口コミで生徒の友達が入会してくれた時は、うれしさと達成感があった。
塾長に褒められて、研修会で私の業績が共有されたときは、本当に頑張ってよかったと思った。




【特にひどかった最悪の出来事】
私の業務が重なっている時に、洪水の災害がおきて、スクールバスの対応に追われたとき。
塾長もすごい剣幕で怒るし、親からはクレームがたくさんくるし、私は期限がせまっている事務の仕事を終わらせないといけないしで、怒りや悲しさや虚しさなど色んな感情の中で仕事をしなければならなかった。
最終的にスクールバスは通常より2時間もおくれ、授業はキャンセルになり、生徒一人一人の親に電話連絡をして謝罪をしなければならなかった。
海外に来たばかりで海外生活に慣れていない親は、かなり怒っており、塾長が直接謝らなければならない件もあった。
その日はもちろん残業せざるをえず、空腹に耐えながら21:00過ぎ頃まで残業をした。
残業代はでるわけがないので、虚しい気持ちになってしかたなかった。




【相談した人・助けてくれた人】
日本人ではない海外の現地スタッフ。
追加の給料なんてでないのに、私のことを思って仕事を手伝ってくれることがあった。
プライベートでもよくご飯にいって、愚痴をこぼしたりしていた。
私にとっては大きな救いだった。

【改善のための行動】
なるべく1人でかかえこまず、現地スタッフに助けを求めるようにした。
どうしても無理な場合は、退職を覚悟で塾長に相談することもあった。
他の先生も、私のことを気遣ってときどき声をかけてくれるようにはなった。




【現在の状況と心境の変化】
あれからもう4年近くたって、いまはオンラインの学校で働いている。
生徒からクレームがきたり、職場から文句をいわれたり大変なことはあるが、会社という場所で働いている限りは仕方の無いことなので、うけいれて、満足している。
オンラインなので、好きな場所で好きな時間に働けるので、以前よりは自由度があがり、愉しく過ごせている。

【学んだこと】
業務がかさなって忙しいときや、自分の能力で対応しきれないときは1人でかかえこまずに、無理をせず人に頼ること。



【当時の自分へのアドバイス】
辛い時や業務が重なっている時は無理をし過ぎないで、迷わず人に頼って欲しい。
職場なんて色々あるんだから、塾長の顔色をうかがわずに、退職を覚悟して業務が偏っていることを伝えて相談してほしい。
まだ若いとはいえ、体を壊してしまったら長い将来、どうにもならないので、自分の体を第1に考えて、無理をしすぎないでほしい。