塾講師のバイトをして、大学の勉強との両立、職場の人間環境に苦しんだ話

塾講師のバイトをして、大学の勉強との両立、職場の人間環境に苦しんだ話

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
19歳

【当時の職業】
バイト

【当時の住まい】
実家の一軒家で母と兄弟と3人暮らし。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
自分が中学から高校生の頃にその塾に通っており、大学進学報告に行くと、塾の講師としてバイトをしないかと誘われたためそこでバイトをすることになりました。

【環境と仕事内容】
仕事内容は、個別の塾講師(中学生から小学生対象)
規模は、地元の小さな塾で、自転車での移動圏内に2店舗。
教科は
中学生:英語、国語、数学、理科
高校生:数学、化学、生物、英語
小学生:算数、理科
職員は塾長が2名各塾に1人ずつ、その他正職員が203名、バイトが304名程度(主に個別)
自分のポジションはバイトで主に中学生から高校生の個別指導、小学生の集団授業を担当。
生徒の様子は、個別指導では親身に話を聞き、特にテスト前は真剣に授業を受けてくれていた。
小学生の集団は、優しいバイトの講師の時の授業に特に騒いでいた。
舐められているので注意も聞かない。
バイトのためキツく叱る気力も義務もないと感じていた。
親の様子は、小学生の親御様はお金持ちのお家が多く、受験のために勉強をさせたいと強く思っていた。
講師がバイトであることに関して不満を言ったり、不信感を抱かれることは多かった。
特に授業の様子を気にしたりすることはない。
点数や家の様子だけでクレームを言ってくる。
勤務時間は、授業自体は1日に203時間程度。
時給はその分しか出ず、準備にかかる時間や授業後の日報記載時間はサービス残業。
特に不満を言う人もおらず当たり前のようになっていた。
夏休みには無給で借り出されることも。
休日は授業がない日で、週に3日程度。
給与はサービス残業が多く実働時間とは見合わない。
最低賃金よりかは高く設定されてはいるが月額としては506万円程度。
寮はなし。

【大変だった時期】
大学生として塾講師のバイトを始めた。
当時から大変だった。




【大変だったこと】
人間関係が悪い。
特に塾長と、正社員の関係性がよくなく、生徒を前にして正社員同士で口喧嘩をすることも多かった。
声を荒げて感情的になるため、周囲の人間のストレスも大きかった。
ブラック企業で、サービス残業が多い。
19022時の授業の日でもその準備、後片付け、書類作成、反省、次回への準備等含めて、
出勤は授業の1時間前、出社は授業後2時間後になることが多い。
授業の時間分しか時給は出ずその他はサービス残業。
周りのバイトはそれが当たり前となっており、嫌な顔せず働いている。
また、自宅にいる時間でも授業の準備をしないとけない。
小テストを作らないといけないなど準備が多い。
自分も大学生としての課題や、テスト勉強に追われる中、塾の準備もしないといけないことが辛かった。
特にテスト期間は大学もテスト期間であり、自分自身余裕がない状態で、生徒のテスト期間には授業が集中する。
生徒自身を蔑ろにするのも心苦しいのである程度自分の単位を捨てて生徒の授業に力を入れることもあった。
それはかなり辛かった。
また、その事を相談し、辞めようにも3月にならないとやめれない。
学年度の途中で講師が変わることに対する負担を考えると中々やめれない。
また、新規のアルバイトも少なく、やめようと思ったタイミングでやめれず退職が引き延ばされる。
結局辞めたいと思いながらも1年間延長しざるを得なかった。

【大変だった期間】
最初から最後まで。




【当時の心境】
塾に向かうたびに職場の雰囲気が悪いこともあり憂鬱な気分になった。
生徒と向き合ってる時間はそのことが忘れられた。
準備に時間がかかり、サービス残業になるが、生徒の理解につながるなばと、つい時間をとってやってしまう。
準備にかかった時間と授業の時間が釣り合わず、また生徒の理解が得られなければ非常にもどかしく、悔しい。
それでも結果的にテストの点数が上がったり、生徒自身が納得できる勉強時間をつけれた時は楽しかった。
「先生のおかげでわかった。
先生はわかりやすい。」
と言われると嬉しい。

【職場が大変だった原因】
特定の人物(塾長と副塾長)に対する不満。
お互いが感情的になるため、まともな話し合いができておらず塾全体がまとまっていない。
周囲の人間のストレスも多い。
自分に落ち度は全くなかったと思っている。




【仕事で良かったこと】
やりがいがあったことは、生徒の理解が深まった瞬間。
覚えやすい覚え方を教えたときに、強い印象を生徒に与え、すぐに覚えてもらった時。
生徒自身が勉強に対して楽しさを覚えられた時。
学校のテストで点数が上がった時。
第一志望に合格した時。




【特にひどかった最悪の出来事】
塾長と副塾長が生徒の前で大喧嘩をした。
その日は小学生の授業の日であり、出勤しているのは、自分と塾長、副塾長。
営業リストのことがきっかけでその喧嘩が始まったが、そのとばっちりを受けたり、バイトである自分に意見を求められたりと不都合が多かった。
また、それを見た生徒たちが完全に萎縮してしまい、その日の授業は全く集中できなかった。
授業後もその雰囲気が続き、授業終了後も中々帰ることができない状況。
普段から、帰るタイミングは上司の目を気にしないといけないことがほとんどで、他のバイトスタッフとタイミングを計らい、つつ上司の機嫌を伺いつつ帰るタイミングを測っていいた。
その日は自分しかいないため勇気がなく、劣悪な雰囲気の中4時間程度帰れない状況が続いた。




【相談した人・助けてくれた人】
バイト先に、人間関係について相談したが同じ苦労を感じており、助けになった。
愚痴をお互いにこぼすことでなんとなく、気分が晴れるような気がして、退社後、公園や駐車場で職員の愚痴をこぼすこともあった。
その時間がなければ精神的にかなり追い込まれていたと思う。

【改善のための行動】
何もしなかった。
人間関係に関しての改善策は中々考えることができなかった。
相手が、学生時代に教えてもらっていた先生でもあるので、やはり上司というよりは「先生」の印象。
よく怒る先生だったため、意見した後に嫌な目に遭うのではと思い行動できなかった。




【現在の状況と心境の変化】
その後もずっとそのような状態は続き状況は全く改善されなかった。
だが、2店舗目ができたことで、その二人が一緒になる時間が減ったことに関しては少し改善と言えるかなと思います。
現在は拡大した1店舗が閉業したこともあり、また2人が一緒になる時間があるため険悪なムードは変わらず継続している。
退職後に副塾長が塾を辞め、険悪ムードは無くなったかと思われる。

【学んだこと】
生徒に授業を教えることの大変さ。
知っていることと教えることの違い。
相手に自分の考え、頭の中の事を言語化して伝えることの大変さとそのコツを学びました。



【当時の自分へのアドバイス】
険悪ムードに意見し火に油を注ぐようなことはしないほうがいいと思います。
今するべきことは、上司の機嫌を伺うことでもなく、生徒に対して向き合って真剣に授業を行うことでもない。
勇気を出して退職することです。
そのような環境においては自分の身を苦しめるだけ。
大学での授業も専門的な分野であり、自分自身の学問に集中するべきです。